ほしのたねvol.17

内容紹介



今回の特集は文豪。
各作品の冒頭と作者からのメッセージを掲載します。

特集・文豪

座談会 「文豪にまつわる」

浅井×空師どれみ×かなき紡×灰音ハル

*冒頭

▶︎文豪のイメージ 芸術への昇華
:そもそも「文豪」ってどういうイメージですか? ちなみに私は「ろくでもない」イメージを持っています。
:イメージというと、やっぱり明治大正時代っていうのが強いですね……。現代の文豪は? って聞かれてもピンとこないというか。あと、ろくでもないは大いに思います。
:やっぱり太宰、芥川に代表される近現代の作家のイメージがあります。酒、煙草、女に酒……みたいな、ろくでもない感じです(笑)
:わかります。作品を見てから文豪本人の生活のやばさのギャップを知ってびっくりするイメージがあります。ろくでもない! まさにそのイメージです。
:大体ろくでもないのは共通認識なんですね。あと、過去の時代の人って感じなんでしょうか。
:確かに現代の文豪っていうとこの人! とはあんまり……? ならないのかも。
:倫理感がわりとアレというか……時代なのか……? でも谷崎潤一郎の奥方譲渡事件はさすがに……。あとは、芸術というか、大学時代に日本文化の授業があって。博物館にある皿と、私たちが普段使っているような茶碗。前者は「芸術」だが、後者は「痕跡」って定義をきいたんですね。文豪と呼ばれる作家の作品は「芸術」なのかなあというか。つまり何が言いたいかと言うと、小説という大衆娯楽の中での「芸術」の域に達させたものという。
:ろくでもないイメージですが、ちゃんと意義はあるような気がしますね。
:表現しようとして生まれるのが「芸術」、日常の中で必然的に生まれるのが「痕跡」みたいなイメージでいます。
:「芸術」だからこそ今も読まれているんですね。
・・・

*司会からのメッセージ

今回は、まず「ろくでもない」というイメージから話をはじめさせてもらいました。何かを批評するときは、マイナスからはじめると良いらしいですね!
ただ、文豪という存在にとって「ろくでもない」というのは一種の褒め言葉なんだな、と思った次第です。文学でもなく小説家でもなく、文豪への思いを結構真面目に語っているので、是非お楽しみあれ!

白昼夢(小説)

空師どれみ

*作品冒頭

こんな夢を見た。

自分の目が見たものならば、自分が書き留める他ないだろう。

 

書き物の〆切に追われていた。昼近くに目覚めてから、起き上がっては座卓、そのまま寝転んで万年床、と狭い四畳半での往復を繰り返していた。原稿用紙のマス目は埋まらないのに、煙草の灰ばかりが積もっていく。陽が陰り始めてからは酒瓶を空け、味が分からなくなってもお猪口を舐め続けていた。喉が焼け、顔はカッカと火照るようで、しかしそれは特段珍しい感覚でもなかった。妙な心地がし始めたのは、愈々目を凝らしても天井の板目が闇に溶け始めた頃である。

ここ数日気を張っていた両の目の玉が、ぶんと膨れているような気がした。瞼を閉じるのも開けるのも億劫で、部屋を満たしていく夜闇が目を覆ってくれないかと期待した。
・・・

*書き手からのメッセージ

数ある文豪作品の中で、最も有名な冒頭の一つを引きました。
夢は夢で現実ではない、ならば目覚めてなお逸るこの心臓は? じっとりと汗を握るこの手は誰のものなのか?
文章を書く人間として自分への戒め、励ましを込めた作品です。
それから冒頭の他に、原典とした文豪の作品があります。手掛かりは「猫」。そちらについても思いを巡らせながら、作品を楽しんでいただければ幸いです。

THE・太宰治(詩)

長尾早苗

*作品冒頭

おれは強いのだよ 岩は答えなかった (1934ロマネスク)
恋をしたのだ。 (1935ダス・ゲマイネ)
たまらない思いでございます。 (1937燈籠)
あの夜のことを、いま思ひ出しても、へんに、だるい。 (1939富嶽百景)
興奮が、涙で、まるで気持よく溶け去ってしまうのだ。 (1939黄金風景)
私はいつも厭世的だ。いやになる。 (1939女生徒)
べとべとして、喜劇にもならない。無智である。安っぽい (1939新樹の言葉)
知らないことがあるものか。 (1939葉桜と魔笛)
けれども、ちっとも、ゆたかにならない。くるしい。 (1939八十八夜)
怒り狂い、その本性を暴露するか、わかったものではない。 (1939畜犬談)
・・・

*書き手からのメッセージ

中学生の時に太宰治に出会ってから、自分の作品で太宰治を表現したいと思っていた夢がかないました! 詩はほとんど概念に近いので、自分のことばで太宰治を表現するのは難しいです。そこでみなさんにお届けする今回の作品では、青空文庫から太宰治の小説の発表年順に一行一行取り出してコラージュして詩にする、私としても初の試みでした。太宰作品で表された太宰治その人の人生などを感じ取っていただけたらと思います。

もじまも!(小説)

灰音ハル

*作品冒頭

その日、中原中也は大学の講義が終わったら、喫茶店のアルバイトに行かなければいけなかった。中原がアルバイトを喫茶店に決めた理由は単純明快で、兎に角マスターが緩くて大抵のことなら笑って許してくれるからだ。優しい、と称するには少々行き過ぎている。しかし、だからこそ性格に難のある中原でもアルバイトで生計をたてられているのだ。
喫茶店『ばるこにぃ』は、大学からオレンジ色の電車に乗って、三駅。中原の自宅と同じ駅にある。いつも中原は自転車でばるこにぃまで行き、店の横に勝手に停めている。勿論、シフトがない日もだ。ばるこにぃは中原にとって、自転車の簡易駐輪場でもある。
「賄い、何にしようかなぁ」
と、中原は電車の窓の外を眺めながらぼんやりと考えていた。今日の講義で出されたレポート課題は締切までまだ日にちがあるし、そこまで焦る必要はない。それよりも、今晩の食事を考えるほうが・・・


*書き手からのメッセージ

拙者、異能アクションバトルが書きたかった故……。
というわけで、純文学的な話は他メンバーに任せて『文豪異能力バトル』を書かせていただきました。冒頭から見てわかる通り、物凄く王道な話が書けたと思っています。物語はいつも突然。作品内の中原中也がこの後どうなるかは、是非ご自身の目で見てやってください。人気だったらシリーズ化するかもしれません。

たかが世界の終わりに(小説)

月城まりあ

*作品冒頭

廊下を進むたびに冬の冷たい空気が足元に絡む。
つくも屋旅館は私の育ての親である時雄さんで五代目となる老舗旅館だ。温泉と雪景色が売りの山間の村に堂々と建つ木造建築は、年季の入った色合いだが決してダサくはない荘厳なデザインだ。
床は少々軋むが、靴音をさせないように歩くことにも慣れたから、きっと先生は私が部屋に近付いていることも気付かないのだろう。
外を流れる川とその向こうの雪山がよく見える二階の角部屋は、ホテルで言えばスイートルームのような立ち位置だ。ノックをしてドアを開けるが返事がないため奥の部屋までお邪魔させてもらう。
「先生、お茶の用意ができました。休憩にしませんか?」
このご時世に電子機器ではなく原稿用紙に向かって文字を綴る背中に声をかけた。
「ああ、雪子」

*書き手からのメッセージ

温泉旅館で養子として育てられた雪子は読書だけが唯一の趣味。そんな雪子の憧れの作家が執筆のために宿に滞在することになり、彼女の世界はガラリと変わります。狭い場所しか知らなかった少女が広い世界を知ってどう変わるのか、楽しんでいただけたら嬉しいです。可愛い女の子と自分の思う綺麗なものを詰め込んだ小説を書くのが好きで、だいたいいつもそういうお話を書いてます。

いつかの春へ(小説)

涼暮

*作品冒頭

新聞記事の見出しに書かれた、時代に旋風を巻き起こした著名作家が流行病に罹ったことを知らせる大きな文字を見て、僕はこれは荒れるだろうなと溜息を吐いた。世間も世間で荒れるだろうが、僕の場合は偏屈で気難しく、そして妙に繊細で卑屈な自分の友人のことである。
日本という国が外の世界と繋がりを見せ、世間が西洋と混じり合い始めたのももうずっと前のこと。洒落た格好をし街を闊歩する若者達が多く見られる様になってきた今日この頃。街は見栄を張ったような目に痛い外装の店が増え、そんな繁華街の煌びやかさに気後れした人間が裏通りの狭苦しいあばら屋に寄せ集まるような、陰と陽が歪に偏った街に僕達は住んでいる。
そうこの街を称したのも、やはり文学的なことにとんと疎い僕ではなく、恐らく今日も原稿用紙に向かって黒鉛を擦り減らしている友人だったのだけれど。

壊れた星を喰らう(小説)

涼風弦音

*作品冒頭

『確かに空は美しい。壊れた星を喰った鳥は、縛られた。しかしながら、世界で最も不幸だとあざ笑われた鳥は、幸福そのものだった』

教師の声はしわがれていて最悪だが、俺の中でその文章は何よりも澄んで感じられた。
「『幸福そのものだった』とあるが、なぜ鳥は幸福を感じたのか。時間取るからノートに書きなさい」
酷く簡単な問題に思えた。しかし、それが正解だとは思わなかった。シャーペンの擦れる音はどこからもしない。教師は、黒板に問八と書いた。十一時四十五分―こういう空気の時は当てられる。たしか、塾のテキストに似たような問題があった気がするが、それらしい解答にまとめなおさないといけない。
「そろそろ時間切るぞ。あと三十秒な」
押されたストップウォッチは、間抜けな音でカウントを始める。
・・・

*書き手からのメッセージ

男子高校生の凪は教科書の一文に引っ掛かりを覚えます。「不幸に見える幸福」とは何か? 登場人物の苦悩と共に考えて頂ければと存じます。
皆様も何気なく聞いた文章をずっと覚えていることがあるかと思います。文豪の作品には、必ずその一文があると感じています。私もいつの日かそのような作品を書きたいです。

文豪飯への挑戦!(食レポ企画)

河合舟・横井けい

*冒頭

森鴎外が愛したとされる「饅頭茶漬け」を超お手軽再現して食べてみた。
一、ほかほかご飯を用意して
二、饅頭を四つに割ってご飯に乗せて
三、熱々の緑茶をかけて食べる! 
そして出来上がった丼を前に意気揚々と箸を取る。
しかし、この日私は思い出した。学生の時分、真面目にこれの類似品を学祭で供した(数量限定希望者のみ)ことを。今日と同じレシピで試食をし、撃沈して饅頭を餡たっぷりの冷凍大福にチェンジしたことを。
一口目、饅頭と米と茶の味。何一つ溶け合うこともなく独立して各々が味を主張している。水を吸ってくたくたになったほの甘い饅頭生地、お茶に溶け出した味のないこし餡、ふやけた米の粒立った食感と味なき味、苦さのみが際立つ抹茶粉末入りの緑茶。黙々と箸を進めるも噛めば噛むほど胸の内に溢れ出す虚無。・・・

*書き手からのメッセージ

隣の芝生は青く見えると言いますが、はるか昔の芝生は青いのでしょうか?
文学史に名を連ねる文豪の愛したレシピをできる限り再現してみました。
森鴎外の饅頭茶漬け、宮沢賢治の天ぷらそばとサイダー。
果たしてそのお味は……?
読んでみたら是非皆さんもお試しください。
感想もお待ちしております。

ついの一日(小説)

黒間よん

*作品冒頭

もはや私を救うものなど何一つない。
暗い部屋に灯る火が揺れ、下半身だけのマネキンが平らな腰に盆を載せて入室する。壁紙には半分めり込んだ形でリンゴが潰れて腐敗し、悪臭を振りまいていた。女性用ランジェリー愛好家の紳士が眉を顰める。
やがて私のテーブルへ供されたティーカップには液体が満たされ、棘の生えた虫の足が一本、その淵から投げ出されていた。虫の足は自らが地を蹴っていた頃を思い出すかのように跳ねる。彼が青空の下で自由を歌い、命を繋ぐ為に草を食む事は、もう二度とない。テーブルの脇でマネキンが踊り始めた。それはとても奇妙なリズムだった。
そう言えば長らく胃に物を入れていなかったので、私は液体を一息に飲み干す。不意に天井の角が笑った。右から数えて六番目の角だ。それは私が訪ねた悪魔だった。今頃は妻も娘も羊のように眠っている頃だろう。芋虫を千切って立ち去れ。そこを見計らって家を出たのだ。不甲斐ない男の皮を今夜捨てる。
悪魔との契約は救いではない。ここまでの人生の清算であり、制裁でもある。罪人へのマージンは・・・

*書き手からのメッセージ

「どう?」
「何と言うか、こう、また随分とすごいのを書きましたね」
平成の名ミステリー作家・米内初瀬。風貌こそは冴えない中年男性だが、彼の生み出す作品はどれも絶望と堕落のスパイスが効いている。
そんな彼の作風に深く惚れ込んだ青年・相田賢一は自身の在り方に悩み、米内の才能に打ちのめされながらも側を離れない。二人の男の「つい」の一日。

猫の手も借りたい(小説)

暁壊

*作品冒頭

私は古いマットレスの上で伸びをすると、爪の先で二、三度髭を払ってから欠伸をした。優雅な身振りでマットレスから飛び降り、埃っぽい床を走って台所へ行く。台所には私専用のミルク皿が置かれていて、私のスポンサーは毎日そこに水ないしはミルクを満たしておくことになっている。
無い場合は、自分で用意しなければならない。
私は空っぽのミルク皿を数秒間見つめた後、くるりと踵を返してテーブルに向き直った。私のスポンサーは、テーブルに突っ伏して熟睡中だ。私は床を蹴ってテーブルに飛び乗ると(今の私には造作も無いことだ)、スポンサーの可愛い寝顔と、中身が三分の一ほど残ったウィスキーの瓶を交互に見比べた。
真っ直ぐなブルネットの髪に薔薇色の唇。睫毛が長いのは化粧を落としていないからだろう。性別は女、年齢二十六歳くらい、身長百六十八センチ程度、体重は五十キロ前後といったところか。私がスポンサーについて現時点で伝えられる情報はこの程度だ。
・・・


*書き手からのメッセージ

来世で私は猫になりたい…猫に生まれ変わった作家は、アル中の女性編集者の部屋へ転がり込み、覆面作家として再び作品を発表し始める。アパートの奇妙な住人、彼の全盛期には存在しなかったSNS…『彼』の正体に気付いても気付かなくても良い。『彼』に興味を持ったなら、一度は作品を読んでみてほしい。

マージナル(小説)

浅井

*作品冒頭

筆を折ろうと思います。と云っても、実際には私は筆を使っているわけではありませんから、正確には「ペンを折る」と言うべきなのでしょうか。最近使っている万年筆は、貰い物で、とても値の張る品らしく、大変書き心地が良い。脳裏に浮かんだのをそのままに、スラスラと書ける。私には勿体無い程です。かと云って、こんなに良い品物を壊してしまうのは、それこそ勿体無くて罰当たりでしょうから、誰か、本当にこのペンを持つ資格があるような人に差し上げたいと思います。
今までも筆を、基、ペンを折ろうと思ったことは幾度と無くありました。それを為せずに此処まで来てしまったのは、ひとえに私が狡く、心の弱い者だからです。虎の威を借る狐に過ぎない矮小な男だからです。これは正しい事ではないと頭では理解しながらも、彼の意思であるから……等と自分で言い訳をして、書き続けて来ました。
・・・

*書き手からのメッセージ

彼には、書き続けなければならない理由があった。
人気作家の滝沢功一は、自分の作品がどんなに褒められても決して喜ばず、謙遜ばかりしている。担当であり彼の大ファンでもある若い編集者、笹山泰介はそれを不思議に思っていました。そして、笹山の知らない滝沢の過去が徐々に明かされていきます。
時代は1935年頃を想定して、とある文豪作品のオマージュも込めました。何かを成そうとする人にとって、何かを残せるお話になっていたら幸いです。

森鴎外、歌詞を書く。(コラム)

横井けい

*冒頭

「舞姫」「高瀬舟」などを手がけた文豪、森鴎外は、軍医、官僚、評論家、翻訳家と様々な顔を持つ多才な人物だ。この高名な文豪と、我々の母校、フェリス女学院大学のある横浜には意外な繋がりがある。
それが「横浜市歌」だ。
◇横浜市歌とは
一九〇九年の横浜港開港五〇周年を記念して制作され、横浜港の発展とますますのご活躍をお祈り申し上げた横浜市の歌である。開港記念日や卒業式といったハレの日にはよく歌われるため、横浜市民は歌詞を見ずとも歌える。なんならカラオケでも歌う。
作詞は森林太郎、作曲は南能衛。ピンときている方も多いだろうが、何を隠そう森林太郎こそ、森鴎外その人である。
・・・

*書き手からのメッセージ

横浜市民が横浜市歌への愛を叫んだら不思議なことに1ページ増えました。‬
‪森鴎外が好きなのかと問われれば、何とも思ってないというのが正直なところなのです。そこにはテクストと鑑賞者がいるだけなので……。(ロラン・バルト過激派)でも残された作品が素晴らしいとは思っています。横浜市歌は、いいぞ。‬

自由作品

気になるあの娘(小説)

みけのたまこ

*作品冒頭

運命、という言葉がある。うんめい、とも、さだめ、ともいう。
例えば、意中の人となんやかんやあっても、最終的に結ばれると、人はその関係を「運命」と名付ける。
頭の悪さを補うため、辞書を引いてみれば、運命というのは、人の力が及ばない、あらかじめ神様から決められた人の一生、または出来事、なのだそうだ。
それを知った時、割とショックを受けた気がする。
初恋の相手が二十個も年齢のはなれた幼稚園の先生だったから、とか。弟として産まれたから、与えられる服はいつも兄貴のお下がりだったから、とか。別にそんなことは理由にしたりしないけど。
それでも、俺の唯一無二の、かけがえのないものを失った時に、たとえ運命を知り得て、前もって足掻いたって何の意味もないのだと、得体の知れない野郎から笑われている気がするのだ。死にかけの蝉が木の幹から真っ逆さまに地面へ落ちて、知らんふりした夕日に命の終わりを見届け・・・

*書き手からのメッセージ

性格診断をすると、よく「永遠の子どもタイプ」と言われます。普段の生活でも子ども達と関わることが多いので、自然と関連する話を書いています。
今回は、高校生の恋愛を中心に、十代の挫折や葛藤を書きました。特別、奇抜なことは起こりませんが、その一瞬一瞬がかけがえのない時間だということを大切にしました。表題は、相対性理論さんの楽曲『気になるあの娘』から頂いたので、ぜひ合わせてお楽しみ下さい。

Hello hello halo. (小説)

錦織

*作品冒頭

 天は青。火は赤。新緑と■■。
 月は■■■、■■■は、■■■く。
 海は青。花、■■■■■■。
 風は凪ぎ、■色の翼。
 血は赤。黒、■■■、■■て、桃色の■■■■。
 ■■、■■■■■■。
 ■■■■■■■■■、■■■■■■■■■■■■■■■■■■■。
 ■■■■■■■■■■■■■■■■。
 ■■■■■■、■■。
『■■国、王立■■■■■■ 手記 著者不明』

・・・

*書き手からのメッセージ

どうしようもなく絶望的で、どう足掻いても閉鎖的で、いつかのどこかにあり得たかも知れない世界。
とあるバーで飲んでいる二人の男の会話にはどこか違和感があり、この世界の描写には《ある部分》が欠落しています。読み進めていくうちに段々判明していく不可解な理。剪定される運命にある世界で、ぼんやりと狂った人々の日常のワンシーンを切り取った話です。

ユメみる海馬(小説)

横井けい

*作品冒頭

出会いはいつだって突然だ。
得難き友との出会いなんて、きっと不幸な事故みたいなものなんだ。受けた衝撃がいつまでも忘れられなくて、多分一生引きずっていくんだと思う。ああ、あの時彼女に出会わなければ―
 
―きっと、こんなに刺激的な人生は送れなかったに違いない。

恨めしくなるほどの超快晴。雲一つない空はどこまでも真っ青で、閉め切った黄緑色のカーテンを貫通して、白い日差しが容赦なく差し込んでくる。このご時世にクーラーすら設置されていない教室は、午前中だというのに溶け出しそうなくらい蒸し暑かった。一昨日ばっさりショートにしたのに、熱を吸収するせいでちっとも涼しくなりやしない。いっそ色を抜いて白髪にしてみようか。こめかみをつうっと汗が流れていく。ぱたぱたと下敷きで・・・

*書き手からのメッセージ

ちょっと変わった友人と宇宙へ食べ歩きに行く女の子の話です。
「すこし不思議」の方のSFを目指しました。日常と非日常がシームレスに入り組んだ構成が好きで、その辺りは仰々しくなりすぎないようにしたつもりです。‬‪「食べること」が今回のモチーフですが、書いている最中はいかにシーホースの食事風景を色っぽく且つ神々しくするかばかり考えていた気がします。‬

チョコミント・ブルー(小説)

新名ちか

*作品冒頭

上京して二か月が経った。思っていたよりも一人暮らしは上手く行っていて、今のところ困ったこともない。大学にも慣れて、よく話す子もいる。サークルにも入って、日々だってまあまあ充実しているはず。なのに、どうしても気持ちは浮かない。理由は分かっている。分かってはいるけれど解決のしようがない。
「要は私の気持ちの問題なんだけどなあ……」
「どうしたの明葉」
「え、何が?」
 隣席の友人は、不思議そうにこちらを見ている。また意識しないうちに独り言が口から出ていただろうか。
「授業、終わったよ」
 そう言われてはっと気づく。周りを見れば既に満員だった大講堂の人影はまばらになっていた。
「今日これからサークルでご飯行かない? 先輩がさっき明葉にLINEしたのに既読つかないって言ってたよ」
「あー、ごめん、授業中はスマホ触らないから」
・・・